全米オープン決勝で、大坂なおみ選手がセリーナ・ウィリアムズを破り優勝しました。今回、優勝後の大坂選手へのインタビューで印象的だったのは、「今回は身体が思うように動いた。そのことで常にポジティブでいられた」と話していたことです。
どんなスポーツでも一流の選手ほど、自分のベストな動きについての「イメージ」を持っています。イメージどおりに動けたときには、すごく気持ちよくプレーできますが、一方で一番辛いのは、イメージはあるのに、そのとおり身体が動いてくれないときです。私も多くのアスリート達とメンタルトレーニングする中で、試合に負けることよりも、身体がイメージ通りに動かないことのほうが、後に引きずるダメージになることに気づきました。逆にいえば、試合には負けても、イメージ通りのプレーが出来ていれば、次にいい流れでつながっていきます。
しかし、このイメージ通りのプレーというのは本当に難しいのです。まずは身体のコンディションがあります。フィジカルが万全でないとなかなかイメージ通りの動きはできません。そして身体がイメージ通りに動くために、心の持ち方がすごく影響しているのです。
時として、才能やイメージが身体能力を超えてしまうことがあります。何でも出来るように思ってしまうと、人はつい身体の声を無視してしまうのです。一時的には、上手くいっているように思っても、それは長続きしません。どこかで、身体が悲鳴を上げはじめ、思い通りに動かないという状態を生み出します。
大坂選手のコーチ、サーシャ・バイン氏によると、「ナオミは完璧主義者なので、つい自分と戦ってしまう」ので、いかに力を抜くかを、何度も2人で話し合ってきたそうです。そのために取り組んだのが「Patience」日本語でいえば、「忍耐」のトレーニングでした。
選手は、いつも全力で思いどおりにプレーしたいものです。しかし、実際には思い通りにならないことの方が圧倒的に多い中で、思うに任せてフルパワーでやっていると、最後まで持ちません。どこかで、制御が効かなくなります。
技術も身体もいいバランスが大事。それは、時として物足りないかもしれません。もっとできるはずなのに、身体が動かないのがもどかしい。そうなると、自分や周りを責めはじめ、道具に当たったりします。まさに今回のセリーナ選手の状態です。
しかし、このもどかしさ、物足りなさを感じながら生きることこそが大事だと、私は禅の師匠から教わりました。心も身体も、環境もすべて思い通りにすることは出来ないのです。思い通りにならない物足りなさこそが、真実であり、思い通りにならない時には、ただ耐えることが出来るかどうか。
物足りなさに耐えることで、来るときがくれば、自然に心と身体のパワーは上がっていきます。普段の練習から、心の身体もマックスパワーで振り回すのではなく、物足りないくらいで打つ練習をしておく。交互に打ってみると、違いがよくわかると思います。
大坂選手は「忍耐」をトレーニングすることで、テニス解説者によればプレーにメリハリがついたそうです。忍耐が冷静な判断につながり、強打で押しきるという従来のプレースタイルを打ち破ることが出来ました。
アップもダウンも自然な流れ。思い通りにならないダウンの流れのときには、パワーを抑え耐えることで、次のアップへのエネルギーを充電する。苦しい時に流れに逆らうのではなく、流れを上手く掴めるようになったように感じます。
一部では、「Patience」が「我慢」と翻訳されているようですが、メンタルトレーニングにおいて我慢と忍耐は違います。忍耐は最大限の力を引き出すために必要な耐える心。我慢よりも長期的で、はっきりした目的意識をもった強い意志といえます。