人がもっとも力を発揮している時、心はどんな状態でしょうか。それは、感謝が生まれているときです。
選手たちがもっとも無心でプレーできているとき。それは、病気やケガから復帰できたときです。再びプレーできる喜びをただ噛みしめて、その瞬間を全力でプレーしています。この瞬間、自分の身体への感謝、周りへの感謝に溢れています。
一方で感謝がなくなるとき。それは当たり前の状態であり、実は絶好調の時に起こりやすいです。試合に出られて当たり前、自分は勝ち方を知っている。無敵に思えているときは、残念ながら下降曲線がはじまっています。
感謝の心は野球やラグビーなど団体スポーツの方が生まれやすいと思います。それは、仲間がいるからです。仲間がいなければ、自分だけがどんなに頑張っても勝つことはできない。また、自分がミスしても周りがカバーしてくれる。お互いに助け合うことが必要だからです。
一方で、ゴルフをはじめ個人スポーツは、自分が頑張ったから勝てたと思いがちです。ファンやスポンサーへの感謝を述べている選手の言葉を聞いていても、時々表面的に感じることがあります。確かに、日々厳しい練習やさまざまな挫折を乗り越えてきたから勝利があります。しかし、勝利の数や賞金の額が自分の強さの証だと考えているうちは、深い感謝の心は生まれません。
では、どんな心の持ち方をすれば、「ありがたい」という状態が心に湧き出てくるか。感謝はいいことだから感謝しよう、誰かに言われたから感謝しなくてはとは違います。「ありがたい」という気持ちが自然にわき上がってくる状態への道。ここに禅とメンタルトレーニングの必要性があります。
禅には「本来無一物」(ほんらいむいちもつ)という言葉があります。これは、字のごとく、人は何も持たず生まれてきて、何も持たず死んでゆく。本来、空であり、無であるということを意味します。そして、「無一物中無尽蔵」(むいちもつちゅうむじんぞう)と続きます。何も無い中に、何もかも有るということでしょうか。何事にも囚われない心を持つことで、限りない世界にいたるとされています。
先日、5年ぶりのツアー優勝を果たしたタイガーウッズ選手も、家族との別れ、4度にわたる腰の手術、薬物摂取での危険運転で逮捕されて有罪判決を受けるなど、ドン底を経ての復活でした。もちろん、若いときの方が爆発力はありましたが、思い通りにならないことへのイライラやもどかしさも目立っていました。絶対的王者としての世間からの期待を背負って、心も身体も限界を超えていたのだと思います。しかし復帰してからは、思い通りにならないことも受け入れながら、一打一打大切にプレーしているように見えます。ウッズ選手は、「立ち直るのは決して簡単ではなかったけど、素晴らしい家族と友人たちに恵まれている。僕は、やっぱりとてもラッキーなんだ」とインタビューに答えていました。そこには、以前のクールな王者の姿ではなく、ゴルフ出来るのが嬉しくてたまらないという飾らない笑顔がありました。
大事なものを失ったときに、自分の原点、プレーできていることへの「ありがたさ」に再び目覚めるのです。日本のゴルフ界でもドン底を味わっている選手達が大勢います。一度ドン底に落ちたとしても、それはまだまだ通過点。ドン底はまさに底。感謝さえ湧いてくれば、あとは上がるだけ。誰でもそこから這い上がれるのです。