「自分の心は思うとおりにはならない。」

メンタルトレーニングはここからスタートすることが肝要です。

「こうなりたい」「ここが嫌だ」と直そうとすると、多くの場合、さらにこじれていきます。

嫌な箇所を限定するのも「自我」の意識の働きであり、直したいという考えも「自我」だからです。

「自我」で「自我」にアプローチすると、さらに「自我」が強くなっていきます。

ちなみに我は良い悪いではありません。私たちが持っている物です。

ただ、「我」とどう付き合うかは生き方に大きく影響してきます。

例としては、我を強くするのか?  我を薄めていくのか?

禅では「無我」「無常」を説き、坐禅を通して修行していきます。

ちなみに、私自身にもいろいろな「自我」があります。

その中でも、やっかいな「我」と可愛い「我」があるのです。

私の場合は、「成功」がやっかいでした。
なんとか成功したい。人に認められない。認められないと寂しさで耐えられない。認めてくれない人が許せなくなる。人と自分の成功を比べる。優越感と劣等感の狭間で心が大きく揺れる。ないものを持っている人を羨む。勝ち負けにこだわる。

若いときは、一度成功という意識に火がつくと、どんどん大きくなっていきました。自我は放っておくと、手がつけられなくなります。一面焼け野原になるまで燃え続けるのです。

禅を修行する中で、少しずつ「成功」という「自我」は薄くなってきたように感じます。一言でいえば、何かにこだわり出したときに、早めにその状態に気づくことが出来るようになりました。

私たちはさまざまな「自我」を持っています。普段はおとなしいネコのような感じなのですが、ときに暴れ出して虎になるのです。

「自我」が強くなってくると、他にもさまざまな状態が起こってきます。

たとえば、「恥」という意識があります。

恥というのは、結構やっかいです。さまざまな「自我」が複雑に絡まっているのです。

・高すぎる理想とプライド
・現実とのギャップを受け入れられない
・成功への期待と失望
・失敗への恐れ
・人にどう見られているかという評価への過剰な反応
・自信のなさ
・自分への否定
・「ないもの」へのこだわり

「恥をかく」という心理状態では、仕事でもスポーツでも自分らしいパフォーマンスをすることは難しくなります。恥という意識はさらに「負の感情」「身体のトラウマ」を増幅し、最終的には、「イップス」という症状に陥ります。

ただ前述したように、「恥」という意識だけをなんとかしようとしても、上手くはいきません。それは、恥かくことを恥だと否定しているからです。ちなみに否定も強い自我です。

恥というのは、かなり「自我」が濃く凝り固まっている状態なのです。

禅は、自我との付き合い方を修行することといえます。禅ではこの世界はよく川に喩えられます。師匠の老師は『自我が強い状態というのは、川の流れから「自分」という存在が浮き出ている状態』と言われていました。

要は自分が周りの世界と切り離されているのです。自分という輪郭がくっきりと浮き出ている感覚ともいえます。

いかに自分と周りの世界との調和を取り戻すか。そのためには、「自我」を薄めていく方向へと取り組む必要があります。

週刊ゴルフダイジェストに連載中のメンタルトレーニングのコラム「禅の境地へ」第167回のテーマは「恥とイップス」です。

自我の意識を薄めることがイップスからの脱却につながることについてお伝えしています。

ご興味のある方はぜひご覧ください。